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東京高等裁判所 昭和61年(う)1159号 判決

主文

被告人A、同B及び同Cの本件各控訴を棄却する。

原判決中被告人Dに関する部分を破棄する。

同被告人を懲役六月に処する。

同被告人に対し、原審における未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

原審における訴訟費用は、同被告人の被告人A、同B及び同Cとの連帯負担とする。

理由

被告人らの本件各控訴の趣意は、弁護人鬼束忠則提出の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官川瀬義弘提出の答弁書に、検察官の本件控訴の趣意は、検察官増井清彦作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意書訂正申立書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

第一弁護人の控訴趣意に対する判断

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、被告人らには本件に際し兇器準備集合罪における共同加害の目的がなかつたのに、その目的があつた旨認定する原判決は事実を誤認したものである、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、本件に際し被告人らに共同加害の目的があつたことは優に肯認でき、この点について原判決が「被告人及び弁護人の主張に対する判断」の項でしている証拠説明も是認できるが、所論にかんがみ更に説明を付加する。

関係証拠によれば、中核派と革マル派とはかねてから深刻な対立抗争関係にあつたところ、昭和五九年一二月ころ、杉並区議会議員Eが昭和六〇年七月七日施行の東京都議会議員選挙に杉並区から立候補する意思を表明し、中核派の全面的な支援を得て、原判示杉並革新連盟の事務所を拠点にして準備活動にかかると、昭和六〇年二月ころから、革マル派の者がEのポスターを切り裂いたり、妨害ステッカーを貼るなどの妨害行為に出てくるようになつたこと、Eの支援組織の側では、同年二月末か三月上旬ころからパトロール隊を編成し、同隊が同区内を見回り、革マル派の者が前記のような妨害行為をしているのを発見してこれを追い払うなどしていたが、同年五月六日には同区内の四箇所で革マル派の者と遭遇し、そのうち久我山二丁目では金属バツトを振るうなどしてこれを撃退し、この状況は、杉並革新連盟内の会議の席上で報告されるとともに、中核派の機関紙「前進」の同月二〇日号に写真入りで掲載されたこと、被告人らは、いずれも中核派の構成員又はその同調者で、遅い者でも同年三月ころからEの支援活動に従事しており、右久我山二丁目の件は、会議の席上で聞いたり、右「前進」の記事で見るなどして本件当時全員が知つていたこと、本件当日の同月一九日午後七時ころ杉並革新連盟の事務所に、集会を終えた革マル派の者が大挙して杉並区内に入り、ポスターを破壊しているとの情報が寄せられたため、同事務所にいた被告人A、同Cら十数名が集められ、指導者から、男子一二名で二班の臨時パトロール隊を編成して対処することが指示され、午後八時ころ、被告人A、同C、F、G、H、Iの六名が、Iの運転する原判示のワゴン型の小型乗用自動車(以下「本件車両」という。)に乗車して同事務所を出発したが、出発後間もなく、同班の指揮者となつていた被告人Aが、「革マル派と乱闘してでも妨害を阻止する。」旨呼びかけ、他の者が「よし」と応じて、全員の意思統一を行つたこと、午後八時四〇分ころ、本件車両が杉並区久我山五丁目所在のセブンイレブン久我山五丁目支店(以下「セブンイレブン」という。)付近に来たとき、革マル派と目される数名のグループを発見して停車したところ、そのうちの一人が本件車両のフロントガラスに石塊を一回投げつけてきたため、被告人Aが真先に下車し、被告人Cら他の同乗者も相次いで下車して右グループの者らにつかみかかり、殴つたり蹴つたりの乱闘となり、被告人Cが相手からハンマー一丁(昭和六一年押第三四六号の1)を取り上げて反撃するなどして、革マル派の者を追い払つたが、被告人Aは、その際バール様のもので殴られて負傷したこと、被告人Aは、被告人Cら五名と本件車両に戻り、右ハンマーを積んだまま同所を出発したのち、「革マルは兇器を持つている。」などと言つて同乗者の注意を喚起する一方、革マル派の者が兇器を持つている場合に備えて得物となるものを買い求めようと考え、Iにスポーツ用品店をさがすように命じ、付近の商店街を走行させたが、スポーツ用品店が見当たらなかつたため、人数を増やすとともに金属バットを積み込もうと考え、更に原判示ブルーアイ久我山一階にある第三キャンプに向かわせたこと、午後八時五〇分ころ、本件車両が杉並区久我山一丁目八番付近の路上に差しかかつかとき、被告人Aがたまたま同所を通行中の会社員Jを見かけ、同人が革マル派の偵察員ではないかと疑い、停車を命じて、前記ハンマーを持つて下車し、Iを除く被告人Cら四名も続いて下車し、ハンマーを手にした被告人AがJに対し「革マルだろう。」などと問いかけ、同人が驚いて逃げ出すと、被告人Aら五名がしばらくその後を追いかけたこと、その後間もなく第三キャンプに着くと、被告人Aは、前記負傷により着衣に血を付着させた姿で同キャンプに入り、そこにいた者らに「手を貸して欲しい。」と言つて応援を要請するとともに、「バットを貸して欲しい。」などと言い、室内にあつた金属バット三本(前同押号の3)を持ち出して本件車両の座席の間の床上に積み込み、これと相前後して、被告人B、同D及びKが被告人Aの求めに応じて本件車両に乗り込んだこと、被告人B、同D及びKは、被告人Aが革マル派の妨害行為を実力で排除するため人手を求めてきたことを推知するとともに、車内に同被告人が積み込んだバットのあることも知つていたことなとが認められる。

そして、これらの諸事情からすれば、本件当時被告人らに革マル派の者に対する共同加害の目的があつたことは明らかである。

一所論は、被告人らは、Eの支援組織内において、同人の都議選準備活動の担い手として多数の一般住民の共感を得るため、日常の言動や服装等について十分留意するとともに、革マル派の妨害行為に対しても、声をかけることと写真をとることに限定し、暴力的に応酬しないように繰り返し指示されており、また、被告人らの任務はパトロール隊のそれと異なり、同隊の任務については正確な知識がなく、前記「前進」の記事を見たとしても、同隊のしか行動を被告人らの役割と自覚することなどはありえなかつたのであるから、本件当時被告人らが革マル派の妨害行為に対し、パトロール隊と同様、実力をもつてこれを撃退すべきであるなどという認識を有していたことはない旨主張している。

なるほど、被告人らが日頃言動や服装に注意するように指導され、そのような面に気を配つていたことは認められるが、これは、被告人らが街頭宣伝、ビラ配布、署名集め等、一般の区民に接してその支持を獲得する仕事に従事していた以上、当然のことであり、そうであるからといつて、長年にわたり険しい対立抗争関係にある革マル派に対しても同様であつたということはできない。原審証人Eの供述、被告人Aの原審公判における供述、Lの別件公判における供述等のうちに、Eの支援組織では革マル派の妨害行為に対し実力による対応をしないように指導していたとの供述があるが、押収中の「前進」(前同押号の2)の記載や、被告人らの本件に際しての行動状況等に照らすと、そのような指導があつたか否かはともかく、これにそう実践がなされていたとは到底認め難い。また、ことさらパトロール隊が構成され、同隊が現実に革マル派に対し実力で立ち向かい、これが会議等で報告されたり、「前進」の紙上で報道されるなどしていることからすると、パトロール隊の任務は革マル派の妨害行為を摘発し、革マル派を実力で撃退することにあり、被告人らもこのことを十分知つていたものと認められる。

二所論は、本件当日の杉並革新連盟の事務所における前記指導者の指示は、革マル派の妨害行為をやめさせ、妨害行為を写真にとるようにというものであつて、被告人Aらは、その趣旨を実力行使を伴わない行動によるものと理解しており、したがつて、被告人Aが意思統一において、「乱闘してでも」という趣旨の発言をするはずがなく、そのような言葉はなかつたという。

確かに、同事務所における指示が革マル派の者に対し実力行使に出ることを許容するものであつたことを明示する証拠はないが、その直後に被告人Aが乱闘を覚悟する意思統一を行つなことや、セブンイレブン付近における妨害行為への対応、Jに対する問いかけ等の状況に照らすと、少なくとも右指示が実力の行使を絶対に禁ずるものであつたことは考えられず、また、被告人Aがした意思統一の発言中に「乱闘してでも」という趣旨の言葉が含まれていたことは、Iが原審公判及びFらに対する別件公判において、被告人らの面前で繰り返し明確に証言しているところであつて、これを措信することができ、Iの右証言を否定する被告人A、同Cの原審各供述、Hの別件公判における供述等は措信し難い。

三所論は、被告人Aらのセブンイレブン付近における行為はいずれも革マル派の攻撃を防ぎ、自己及び同行者の身を守るためのものであつて、革マル派に対する加害目的に発するものではなく、また、金属バットの携行は被告人Aの独自の意思に基づくものであつて、同行者全員の共同意思に基づくものではなく、いずれも被告人Aらに共同加害目的のあつたことを示すものとはいえないという。

なるほど、革マル派の者が本件車両に向かつて石を一回投げてきたことは認められるが、その程度にとどまるのに、被告人Aらは、これに対し何ら説得活動等に出ることなく、前記のとおり、素手とはいえ、全員革マル派の者に積極的に立ち向かい、乱闘を演じ、結局これを逃走させていることや、その後ハンマーを車内に積んだまま、被告人Aが得物を準備するためスポーツ用品店を探し、あるいは第三キャンプに向かうよう口に出してIに指示し、第三キャンプにおいては、他の目をはばかることなく、公然とバットを積み込み、他の者もこれに異論を述べていないことなどからすれば、この間の事情は、所論にもかかわらず、被告人Aのみならず当時本件車両に乗車していた者全員について、革マル派の者に対し加害目的を有していたことを推認させる根拠となるものということができる。

四所論は、Jと相対したとき、被告人Aはハンマーを持つてはいたが、手は下ろしたままで、ハンマーを振り上げたようなことはなく、被告人Cら四名もJに危害を加えるような態度を示しておらず、また、同人を追いかけたのは反射的な行動にすぎないから、被告人AらがJに対してした行動は、革マル派の者に対し加害目的のあることを示すものではないという。

確かに、被告人AがJと対面中、同人にハンマーを振り上げるようなことはなかつたことが認められるが、被告人Aらは、Jが何ら不審な言動に出ていたわけではなく、同人に対し革マル派の者ではないかとの疑念を抱いたというだけで、前記のような行動に出ているのであり、また、追跡もかなりの距離に及んでいて、単なる反射的行動とは到底みることができず、この一連の行動からすれば、被告人AらがJと対面中現実に危害を加える行為に出ていないのは、いまだ同人が革マル派の者であることを確認できずにいたからにほかならず、被告人Aらの右行動は、革マル派の者に対し積極的に加害行為に及ぶ意思を有していたことの現れとみることができる。

五所論は、被告人Bは、被告人Aの応援の要請に応じたとはいえ、セブンイレブン前の事件を知らなかつたから、革マル派の妨害行為に対して実力で対抗するとは思つておらず、また、被告人Dは、就寝中を起こされ、事態を正確につかめない状態で乗車したものであり、いずれも革マル派の者に対する加害目的を有していたとは認められないという。

しかし、被告人Dは、原審公判において、所論にそう供述をしているが、関係証拠によると、当時第三キャンプにはかなりの数の人がおり、応援のため乗車しようとして座席がなく引き返した者もいたほどであつたことが認められるから、寝ていたところを起こされて事情も分らない者が応援に出るようなことがあつたとは思われず、被告人Dの右供述は措信できない。そして、被告人Aは、負傷した姿で応援を求めに現れ、バットまで借り受けて本件車両に積み込んだこと、被告人B及び同Dは、右応援要請に応ずるとともに、被告人Aがバットを積み込むのを直接見ているか、少なくとも積み込まれた状態のバットを見ていると認められること、当日革マル派による組織的なポスター破壊が行われている旨の情報は、被告人Aが現れる前に第三キャンプに届いていたこと、被告人Bも同Dも前記「前進」の記事を目にしていたことなどからすると、同被告人ら両名は、革マル派の者と遭遇した場合には、これらの者に対しバット等を使い実力で対応することになるとの認識のもとに、被告人Aら六名に合流するに至つたと認めることができる。

六以上のとおりであつて、本件に際し被告人らに革マル派の者に対する共同加害の目的があつたことは優に肯認でき、原判決には所論のような事実の誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二の一(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、被告人らの本件行為は、前記Eの政治活動及びこれを支援する被告人らの政治活動に対する革マル派の妨害行為を排除するため行われたものであり、被告人らがその憲法上の権利を防衛するためにした必要かつ最小限度の行為であつて、何ら法秩序に反するものではなく、正当行為として実質的違法性がないから、被告人らを有罪とした原判決には法令適用の誤りがある、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、被告人らの本件行為は、原判示のとおり、Eの都議会議員選挙立候補のための準備活動に従事する被告人ら九名が、革マル派によるポスター破壊等の妨害行為を阻止するため、このような妨害行為ないしはこれに関連する行為に出ている革マル派の者を発見次第、その身体に共同で危害を加える目的をもつて、金属バット三本及びハンマー一丁を積んだ自動車に乗り込んで巡回していたというものであつて、革マル派の妨害行為を阻止することそれ自体を社会的に非難できないのはもちろんであるが、革マル派による妨害行為が現実に行われているか否か不明の状況下において、右のように、多数の者が革マル派の者に対する共同の加害目的をもつてそのための兇器を準備して集合移動することは、社会秩序を乱すことが明らかな行為であり、右妨害行為を阻止する意図があつても、これを実現する手段・方法として社会的に相当なものとは到底いい難いものである。被告人らの本件行為は法秩序全体の見地から許容されるものではなく、刑法上の違法性に欠けるところはない。

したがつて、原判決には所論のような法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第二の二(訴訟手続の法令違反の主張)について

所論は、要するに、(一)警察官らが逮捕に先立ち被告人らにした職務質問及びこれに引き続いてした被告人らに対する暴力行為等処罰に関する法律違反による準現行犯逮捕、兇器準備集合による現行犯逮捕は、いずれも違法であり、このような二重、三重に違法で、憲法三一条及び三三条に違反する捜査手続を経てなされた本件各公訴の提起は無効であつて、公訴棄却の裁判がなされるべきであるから、被告人らを有罪とした原判決には訴訟手続の法令違反がある、(二)仮に公訴棄却の裁判がなされるべき場合にあたらないとしても、右のような違法な捜査手続によつて収集された金属バット三本及びハンマー一丁には証拠能力がないから、これらを有罪認定の証拠に供した原判決には訴訟手続の法令違反がある、というのである。

(一)  公訴提起手続の適法性について

そこで、所論の点を検討すると、仮に本件の職務質問、逮捕手続等に所論のような違法があつたとしても、被告人らに対する本件各公訴の提起が直ちに違法となるとは解し難く、所論は失当というべきであるが、所論にかんがみ、右各手続の適法性について一応判断を加えることとする。

関係証拠によれば、前記のように、本件当日午後八時四〇分ころセブンイレブン付近で、被告人A、同Cら六名と革マル派と目される者数名との間で乱闘となつたが、これを目撃した私人のMが高井戸東交番におもむき、「十四、五名の者が殴り合い、五、六名の者が一名を鉄パイプ様の物で殴つて路上に倒し、練馬五八と一八二八のワゴン車で逃走した。」旨届け出たため、午後八時五〇分ころ警視庁通信司令本部からその旨の事件発生の無線指令が発せられ、更に、午後九時一分ころ内ゲバ容疑事件として全体配備が発令されて、警視庁管内全域にその態勢が敷かれたこと、警視庁第八方面自動車警ら隊所属の巡査部長N外一名は、パトロールカーに乗車して警ら中、午後九時一九分ころ京王井の頭線富士見ヶ丘駅付近で、右手配車両に該当する本件車両を発見し、杉並区高井戸西一丁目三六番一〇号付近(セブンイレブンから約六〇〇メートル離れた地点)まで追跡し、パトロールカーを本件車両の右斜め前方に停車させて同車を停止させ、午後九時二〇分ころから被告人らに対する職務質問を始めたこと、同巡査部長は、まず運転していたIに運転免許証の提示を求め、これを受け取つたのち、同人に対し質問したところ、同人から応答を拒否され、次いで助手席にいた被告人Aに質問するとともに、車内を見せるように求めたが、同被告人から「久我山から来た。」との答えを得たのみで、これも拒否され、その後降車して来た同被告人に更に質問を続けるうち、内容のある答えは何も得られなかつたものの、同被告人の着ていたワイシャツの両襟及び右脇腹に血痕が付着しているのを確認したこと、その間に、同巡査部長の相勤者からの無線通報により、応援の警察車両十数台が続々と到着し、本件車両は警察車両及び警察官らに取り囲まれるなどして、事実上その場から発車することが不可能となつたこと、その後警察官らは、被告人らに対し繰り返し質問を発したり、質問に答えるように説得するなどし続け、その一方で、前記Mに来てもらつて、本件車両がセブンイレブン付近で目撃したワゴン車と同じものであるとの確認を取り付けたり、事後処置について最終的な判断を仰ぐため警視庁高井戸警察署警備課長警視Oの臨場を要請するなどしたこと、O課長は、午後一〇時三〇分過ぎころ到着し、状況説明を受けるなどしたのち、午後一一時二分ころ、本件車両に乗車していた者全員をセブンイレブン付近における暴力行為等処罰に関する法律違反の準現行犯人として逮捕することを決意し、警察官らに対し右全員の逮捕を命じ、この命を受けた警察官らがまず午後一一時五分ころ、車外に出て来た被告人Aを逮捕し、次に運転席にいたIを車外に引きずり降ろして逮捕し、その後順次車内にいた者を逮捕し、午後一一時一五分ころまでに被告人ら九名を逮捕したこと、その間のIの逮捕直後、O課長は、車内にいる者を逮捕するため開けたドアから、座席の間の床上に金属バット三本が置いてあるのを発見し、被告人ら全員を兇器準備集合の現行犯人としても逮捕することにし、警察官らに対し「金属バットもあるぞ。」と告げ、更に、同警察署に帰つたのち逮捕手続書を作成する際に、逮捕警察官らに対し前記準現行犯逮捕と併せて右現行犯逮捕をも記載するように指示し、その旨の記載をさせたこと、また、同警察署警備課勤務の巡査Pは、O課長の命を受けて、右逮捕直後から翌日午前二時ころにかけて逮捕場所及び本件車両を運び入れた同警察署構内で、同車内について逮捕現場における捜索差押を行い、金属バット三本及びハンマー一丁を差し押さえたことなどが認められる。以下、右事実関係に基づき所論の各点について考察する。

1 職務質問

右認定の諸事情に徴すれば、被告人らがその当時、警察官職務執行法二条一項にいう「何らかの犯罪を犯していると疑うに足りる相当な理由のある者」又は「既に行われた犯罪について知つていると認められる者」に該当したことは明らかであり、被告人らに対し職務質問をすることは警察官としてその職責上当然というべきであつて、これに何ら違法のかどはなく、また、その職務質問の過程についても違法と目すべきほどの事情は認められない。

所論は、Mの警察官に対する届け出の内容は客観的な事実と合致せず、被告人らに対する嫌疑は警察官らの一方的主観的な情報に基づくものであつて、相当な理由のあるものではないという。

しかし、セブンイレブン付近において被告人A、同Cら六名が革マル派の者数名と乱闘を演じ、その後前記登録番号のワゴン車に乗つて立ち去つたことは、前記のとおり明白であり、この経過からすれば、Mの届け出の内容はむしろ大筋において事実にそうものであつたと認められるから、本件職務質問当時警察官らの得ていた情報が一方的主観的なものであつたということはできない。

また、所論は、警察官らは被告人らが職務質問を拒否しているに、Iの運転免許証を返還せず、十数台の警察車両、約三〇名の警察官らで被告人らの乗車する本件車両を取り囲んで、約一時間四〇分にわたり本件車両が移動するのを不可能にしたのであるから、警察官らの職務質問は、警察官職務執行法二条三項にいう身柄の拘束にあたり、法の許容限度を大きく逸脱した違法なものであるという。

確かに、所論指摘のような外形的事実のあつたことは否定し難いが、被告人らについては、もともとセブンイレブン付近における乱闘事犯の嫌疑があつたうえ、被告人らは職務質問中、本件車両の内部を見せることはもちろん、質問に対する応答もほとんど拒否し、質問されることさえもことさら回避する態度を露骨に示しており、しかも、被告人Aの着衣には血痕が付着し、本件車両の窓ガラスには内部を見えにくくする加工が施され、車内には相当多数の者が乗り込んでいることなどが順次判明するとともに、Mによつて、被告人らの車両がセブンイレブン付近で見かけた車両と同一であることも確認されるに至り、被告人らに対する嫌疑が一層深まつて行つたこと、しかし、警察官らは、セブンイレブン付近における乱闘を現認していたわけではなかつたため、被告人らを逮捕するか否かを含めて事後処置の判断を所轄警察署の責任者に仰ぐことにして、その来場を待ち、急ぎ駆けつけたO課長が状況を把握したうえで被告人らの逮捕に踏み切つたことなどが認められる。このような諸事情からすれば、警察官らの職務質問がいささか長きに過ぎたとの憾みがないではないが、それは警察官らが被告人らの逮捕に慎重を期したからにほかならず、しかも、その間警察官らは、被告人らに対し職務質問に応ずるように説得するなどして、漫然と時間を空費していたわけではなく、当時被告人らに対する嫌疑が極めて高かつたことなどをも考え合わせれば、職務質問が若干長きにわたつたこともやむをえないことであつたと認められ、警察官らは職務質問に際し、被告人らの身体に直接有形力を行使してはないことなどにもかんがみると、警察官らが被告人らの逮捕にかかるまでの約一時間四〇分の間、職務質問を続行するため被告人らの乗車する車両を事実上移動できない状態にさせていたことをもつて、警察官職務執行法二条三項にいう身柄の拘束があつたものということはできない。したがつて、本件職務質問が同条項に違反して、法の許容する限度を逸脱したものとなるとは解されない。

2 準現行犯逮捕

警察官らがO課長の指揮により、被告人らをセブンイレブン付近で発生した暴力行為等処罰に関する法律違反の準現行犯人として逮捕した経緯は、前記のとおりであり、これによれば、右逮捕に違法とすべきところはない。

所論は、本件逮捕については、被告人らが罪を行つたと明らかに認められる状況も、犯行後間がないと明らかに認められる状況もなく、また、被告人Aの着衣の血痕は、他の被告人らについて「被服に犯罪の顕著な証跡がある」場合にあたらないばかりか、被告人Aについても同様であるという。

しかし、すでに述べたとおり、警察当局は、Mが乱闘の目撃後直ちにした具体性のある届け出に基づき、本件車両を被疑車両として手配していたところ、同車両は右乱闘の約四〇分後に、乱闘場所から僅か約六〇〇メートル離れただけの地点で発見され、被告人らはこれに乗車していたのであり、しかも、そのうちの一人の着衣に血痕が付着していたというのであるから、被告人らに罪を行つたと明らかに認められる状況があつたことは否定し難く、警察官らが被告人らについて準現行犯逮捕の要件としての犯罪の明白性があると認めたことは、正当として是認することができる。なるほど、被告人B、同Dら三名は第三キャンプから本件車両に乗り込んだものであつて、セブンイレブン付近での乱闘には参加しておらず、その限りでは結果的に警察官らの認定に誤りがあつたことになるが、右のような事情は本件に特有の例外的な出来事であつて、警察官らがこの事情の介在に気付かなかつたことを非難することはできず、前記のような外形的状況が存在した以上、警察官らの認定は正当として是認すべきであり、その点に結果として誤りがあつたことによつて、右三名に対する準現行犯逮捕が違法となるものではない。

また、被告人らは、乱闘後警察官らによつて発見された時間及び距離の関係からすると、準現行犯逮捕の要件としての犯罪後間がないと明らかに認められる場合に該当するものということができる。

更に、被告人Aのワイシャツに付着していた血痕については、それが同被告人自身からの出血によるものか、相手方の出血が返り血となつて付いたものかなど、付着経緯の詳細は不明であつたとうかがわれるが、その血痕は、付着箇所や付着状況からみて、少なくとも同被告人が乱闘に加わつたことにより付着したと認められるものであつたから、同被告人が「被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」(刑訴法二一二条二項三号)の要件を具備していたことは疑いを容れない。また、被告人A以外の被告人らについては、その者ら自身の被服には格別の証跡等があつたわけではないが、犯行が複数の犯人によるものであつて、しかも、その犯人らが同一の車両に乗つて行動を共にしていたことが明らかな場合であるから、被告人Aのワイシャツに血痕が付着していたことは、その同乗者である他の被告人らについても「被服に犯罪の顕著な証跡があるとき」にあたるものと解することができる。

3 現行犯逮捕

前記のとおり、O課長は、その場に来ていた警察官らに対し暴力行為等処罰に関する法律違反による準現行犯逮捕を命じ、警察官らがその逮捕にかかり、被告人A及びIを逮捕し、更に、車内にいる者の逮捕にかかろうとしていた際、車内床上に金属性バットがあるのを発見し、乗車していた被告人ら九名全員について、右バットを準備して集合したことによる兇器準備集合が成立すると考え、これらの者全員についてその嫌疑による現行犯逮捕をも行うことを決意したが、警察官らがすでに右準現行犯逮捕にかかつていたため、その場では「金属バットもあるぞ。」と言つたのみで、ことさら現行犯逮捕をも合わせて行う旨を口に出すようなことをせず、逮捕手続書の作成段階で現行犯逮捕をも併記するように命じたことが認められる。被告人A及びI以外の七名については、警察官らの各逮捕行為はO課長の命令に基づくものであるから、警察官らが各逮捕行為に取りかかる以前に同課長が兇器準備集合による現行犯逮捕をも決意した以上、重ねて逮捕命令を発するまでもなく、右現行犯逮捕も同時になされたものと解することができる。そして、被告人A及びIについても、同課長が兇器準備集合による現行犯逮捕を決意したときにはすでに警察官らによつて身柄を取り押さえられていたとはいえ、同課長の現行犯逮捕の決意はそのせいぜい数分程度後のことで、いまだ準現行犯逮捕の手続が終了するに至つていない段階にあつたと認められるから、同被告人らを「現に罪を行い終わつた」(刑訴法二一二条一項後段)現行犯人と認めるに妨げなく、同課長の右決意の時点で現行犯逮捕もなされたものと考えることができる(なお、同課長は、逮捕手続書の作成に際し同被告人らの逮捕警察官に対しても、暴力行為等処罰に関する法律違反による準現行犯逮捕と兇器準備集合による現行犯逮捕とが同時になされたと記載するように指示し、その指示に従つて逮捕手続書が作成されているようであるが、これは、現行犯逮捕の時間が準現行犯逮捕の時間までさかのぼつている点で正当ではないとはいえ、このことによつて、同被告人らに対する現行犯逮捕が違法となるものでないのはもとよりである。)。したがつて、被告人らに対する現行犯逮捕はいずれも適法というべきである。

所論は、右現行犯逮捕が違法な準現行犯逮捕に引き続いて行われたことを理由にして、当然に違法であるというが、被告人らに対する準現行犯逮捕が適法であることはすでに述べたとおりであつて、右所論は前提を欠くというほかはない。所論はまた、金属バットが発見されても、これをもつて被告人らに兇器準備集合における共同加害の目的があつたことを推認しうるような状況はないというが、被告人らが中核派系の者らであつて、前記のとおり内ゲバ様の乱闘を行つた嫌疑があつたのであるから、金属バットの発見と相まつて、被告人らに共同加害の目的があつたことを推認するに足りる状況があつたということができる。

4 以上のとおり、被告人らに対する職務質問、準現行犯逮捕及び現行犯逮捕にそれらの手続を違法ないし違憲とすべき事情は発見できないから、右各手続が違法ないし違憲であることを前提として公訴提起の手続が無効であるとする所論は失当である。

(二)  押収の適法性について

押収してある金属バット三本及びハンマー一丁は、前記のとおり、被告人らの逮捕に際し逮捕現場における差押により押収されたものであつて、その押収手続に格別違法というべき点は発見できない。

所論は、押収に至る捜査手続が違法であるというが、本件捜査手続に格別違法とすべきものが見当たらないことは前示のとおりである。

以上のとおりであつて、原判決には所論のような訴訟手続の法令違反はなく、論旨は理由がない。

第二検察官の控訴趣意に対する判断

控訴趣意一(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人Dを懲役六月に処したうえ、「未決勾留日数のうち」「被告人Dに対してはその刑期に満つるまでの日数を」「その刑に算入する。」としているが、同被告人の刑に適法に算入できる未決勾留日数は合計一七五日にとどまり、原判決はこれを超えて算入したことになるから、原判決には刑法二一条の適用を誤つた違法があり、これが判決に影響を及ぼすことも明らかである、というのである。

そこで、原審記録を調査して検討すると、同被告人は、昭和六〇年五月二二日、兇器準備集合及び暴力行為等処罰に関する法律違反の事実について発せられた勾留状によつて勾留され、勾留中のまま、同年六月一〇日右兇器準備集合の事実について公訴を提起されたこと、その後同年七月二九日勾留執行停止決定によつて釈放され、同年八月三〇日同取消決定によつて収監されたが、昭和六一年三月一五日保釈許可決定に基づき釈放され、その釈放中に原判決の宣告を受けたこと、しかし、右の間の昭和六〇年一〇月八日から昭和六一年一月七日までの九二日は別件の懲役刑の執行を受けたことなどが記録上明白である。

そうすると、同被告人の刑に算入可能な未決勾留日数は、昭和六〇年五月二二日から同年七月二九日までの六九日と、同年八月三〇日から昭和六一年三月一五日までの一九八日の合計二六七日から、別件で受刑していた九二日を差し引いた一七五日であつて、これは六月に満たないから、同被告人を懲役六月に処したうえ、その刑に満つるまで未決勾留日数を算入した原判決は、適法に算入できる限度を超えて未決勾留日数を算入したものといわなければならない。

原判決には、右の点で刑法二一条の適用を誤つた違法があり、その違法が判決に影響を及ぼすことも明らかである。論旨は理由がある。

第三結論

以上の次第であつて、被告人A、同B及び同Cについては、弁護人の各控訴趣意は理由がないので、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、被告人Dについては、弁護人の各控訴趣意は理由がないが、検察官の前記控訴趣意が理由があるので、検察官のその余の控訴趣意(量刑不当の主張)に対する判断を省略し、同法三九七条一項、三八〇条により原判決中同被告人に関する部分を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により更に次のとおり自判する。

原判決が適法に認定した罪となるべき事実につき、原判決と同様の法令を適用し、同様の刑種の選択、累犯の加重、併合罪の処理等をした刑期の範囲内で、被告人Dを懲役六月に処し、同被告人に対する身柄拘束の状況、原審における審理経過、共犯者らに対する科刑の状況、ことに共犯者らがいずれもその刑に執行猶予を付されたこと等の諸事情を総合勘案したうえ、刑法二一条を適用して、同被告人に対し、原審における未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文、一八二条により、その全部を同被告人に対し被告人A、同B及び同Cと連帯して負担させることとする。

以上の理由によつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官小野幹雄 裁判官横田安弘 裁判官小圷眞史は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官小野幹雄)

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